ニヒリズムと嘘

三島由紀夫はニヒリズムを極めた作家だ。その考えの要諦は次である。 この世のあらゆる事物には何の意味もない。 すなわち人生は無意味である。 したがって人は皆ただちに自殺しなければならない。 村上春樹はこのニヒリズムの克服を目指した作家である。そ…

どうすれば村上春樹の小説を理解できない人が理解できるようになるか本気で考えてみた。

この記事は、村上春樹の小説を理解できず、それどころか腹の底から彼を嫌い軽蔑している人に向けて書いた。 さて、村上作品を理解する方法だが、まずは次の二つの条件を達成する。 三島由紀夫の『豊饒の海』に心酔し、くりかえし読む。その結末に呪われた気…

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読む

フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだ。それについて書く。 プロット 読解 プロット 作中の重要な出来事を列挙した。 P7 ムード・オルガン登場 主人公リック・デッカード登場 主人公の妻イーラン登場 P8-13 主人公夫妻…

かりそめの目標

物語は序盤で主人公になんらかの目標を示す。ただしそれは他者から与えられた、かりそめの目標であり、達成したとしても真の問題解決にはならない。主人公は物語の途中で目標を検証し直し、自己の本当の課題が何であるかを定義しなおさなければならない。そ…

『チェンソーマン』第一部を読む

藤本タツキの漫画『チェンソーマン』について書く。 物語の中心軸 物語はマキマとデンジの関係性を中心に進行する。それ以外の登場人物はすべてこの中心軸に寄与するためのサブキャラクターに過ぎない。デンジにとってマキマは恋人であり母親である。同時に…

『ルックバック』を読む

藤本タツキの漫画『ルックバック』について書く。 この漫画は登場人物と読者の間合いが遠い。すなわち読者は、前のめりの姿勢になって主人公に感情移入するという読み方ができない。我々は漫画を読んでいる間、自分が主人公になったような気持ちでいることは…

『チェンソーマン』を読んで思ったこと

藤本タツキの漫画『チェンソーマン』を読んだ。実に面白かった。 内容は、とても文学的な物語だった。エンタメ色は薄い。画風もキャラクターデザインも物語も全然キャッチーではなかった。それでも物語の文学的な魅力が素晴らしかったので、僕はノックアウト…

『家を背負うということ』とカフカの作品を比較する

岩波現代文庫の『臨床家 河合隼雄』という本の、冒頭におさめられている『家を背負うということ』を、僕はもう何度も読んでいる。すでに十回は読んだと思う。 これはある女性の治療の記録である。岩宮恵子という臨床心理士による女性の面談記録と、その治療…

『Blind Pilots』を読む

Cooper Temple Clauseの曲『Blind Pilots』の歌詞について書く。 Spotify open.spotify.com 歌詞 songmeanings.com 訳文 変わらないでくれ 行かないでくれ 僕たちの小さな秘密をいつまでも隠したままでいてくれ 僕たちはどうやってこんな高さまで来たんだろ…

入れ子構造とくりかえし

物語を入れ子構造にして、入れ子の外側と内側でそれぞれ同じ構造の物語を語ると、その作品は大きな効果を得る。 その種の作品として次の三つが挙げられる。いずれも以前に解説をしたので、各記事へのリンクを貼ったから、まずはそれらを読んでほしい。 象の…

『さよなら絵梨』を読む

藤本タツキの漫画『さよなら絵梨』を読んだ。それについて書く。 映画という芸術分野は、何が嘘か何が本当かというテーマについて深い興味を抱いているものだ。それは例えばタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』や『ワンス・アポン・ア・タイム・…

『城』を読む (後半)

前回に引き続き、カフカの『城』を解読していく。本稿では後半を扱う。本稿で示すページ番号は角川文庫の原田義人訳の『城』にもとづいている。 『城』は、前半が問題設定のパートだとすると、後半は問題解決のためのパートである。未完の小説なので、まとま…

『女のいない男たち』を読む

村上春樹の『女のいない男たち』について書く。 この本は短編集だが、互いに関連のある話が並んでいる。短編は明確な狙いのもとに順番が定められており、一本目の『ドライブマイカー』で穏やかなスタートを切って、五本目の『木野』でクライマックスを迎える…

『城』を読む (前半)

フランツ・カフカの『城』を原田義人の訳で二度読んだ。それについて書く。 前提 本稿は、カフカの『変身』と村上春樹の『かえるくん、東京を救う』、またカフカの『城』の原田義人訳、そして次の記事を読んだ者を対象にしている。 riktoh.hatenablog.com 読…

『外套』を読む

ゴーゴリの短編小説『外套』を岩波文庫の平井肇訳で読んだので、それについて書く。 物語の大枠 この小説は基本的にはリアリズムで書かれている。人物の外見や事物の描写は細かく的確であり、生活や仕事のことまで踏み込まれて書かれている。そのような文体…

『ゲンセンカン主人』を読む

つげ義春の短編漫画『ゲンセンカン主人』について書く。 この作品の物語にわかりやすい意味や論理といったものは存在しない。ともかくラストのコマの衝撃がすべてである。これはただ読者の心理にショックを与えることだけを狙いとして制作された漫画だと言っ…

『BECK』を読む

ハロルド作石の漫画『BECK』について書く。 『BECK』の中心的なテーマは、正と負の融和である。すなわち、うらぶれた物や汚い物、罪や影といった物と、きれいな物との融和である。それが細かい描写から小さなエピソード、物語の根幹にまでよく表されているの…

物語におけるエディプスコンプレックスについて

漫画『推しの子』を読んだ。面白かった。母親を溺愛する男の子が、母親を殺した主犯(と思われる)父親を探し出して復讐を企むという筋書きである。これは「父親を殺して母親を娶る」というエディプス王の話型を変形したものだと僕は受け取った。 映画・エヴァ…

『黒猫』と『アッシャー家の崩壊』を考える

僕はホラー物が好きでない。小説も漫画も映画もホラー物は鑑賞しない。怖いことを楽しいと思えないのと、どうもホラーは純然たるエンターテイメントでしかないという印象があって、興味が湧かないのである。 ポーの『黒猫』も『アッシャー家の崩壊』も初読は…

二つの道

物語の普遍的な構造の一つに二つの道というものがある。楽な道と困難な道の二つが主人公の前に示されており、主人公はどちらを選ぶか逡巡するというものだ。 それは通常、どちらが楽でどちらが困難なのか、そしてどちらが正しくてどちらが間違っているのかは…

『ドラゴンボール』の物語を考える2

前回の記事でピッコロ大魔王編を考察した。次はラディッツの襲来からフリーザとの闘いで終わるサイヤ人編について考える。 サイヤ人編では悟空の罪というものが強調される。このことは悟空が大人になったことと深い関連がある。一般的に言って大人になること…

『ドラゴンボール』の物語を考える

漫画『ドラゴンボール』の中心にあるものは、あらゆる願いを叶えるドラゴンボールという宝と、主人公の孫悟空である。彼の特徴は無欲なことだ。 「でもオラはべつに願いごとなんてねえから このじいちゃんの形見の四星球さえ手にはいりゃいいんだ!」 (単行…

『納屋を焼く』を読む

村上春樹の短編『納屋を焼く』について考察する。 普通に読むと、納屋を焼いたことが原因となって「彼女」が失われたように読者には思われる。それはたいそう不思議なことであり、親しい友人が失われてしまったことの衝撃が印象に残る作品となっている。 こ…

『ダブリナーズ』の構造を読み解く

前回の記事からの続きである。 基調とカウンター 年齢構成 テーマと結論 ストーリー構成 『死せるものたち』を精読する 基調とカウンター 金銭による取引は上手く行かない。あるいは下劣な結果となる。 男女関係は上手く行かない。あるいは下劣な結果となる…

『ダブリナーズ』を概観する

ジョイスの『ダブリナーズ』を柳瀬尚紀訳で読んだので、それについて書く。 この小説の中心を貫く構造はソーントン・ワイルダーの戯曲『わが町』に似ている。そっくりと言っていい。事件性の少ない市民の生活の描写が物語の殆どを占めており、最後にそれを死…

村上春樹の文体の最大の特徴

『ノルウェイの森』以降の村上春樹の文体の最大の特徴は、文末に「である」または「であった」を置くことを避ける点にある。 「である」という断定は父性的である。それは「だ」という端的な、目の前にある事物を単にそのまま肯定するだけの断定とは在り方を…

『金閣寺』の物語について

幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。 『金閣寺』において父という存在は重要である。金閣寺の美について主人公に教え込むのは実の父親であり、それを表す文が最初に置かれているからだ。 作中に、父親的な登場人物や存在が多い。 実の父親 田山道…

『日はまた昇る』を読む

ヘミングウェイの『日はまた昇る』を高見浩訳で一度だけ読了した。 ともかく一度目の感想としては、まったく面白くなかった。名高い古典でこれほど退屈な読書体験は珍しい。一体作中で何が問題になっているのか、何を面白いと思えばいいのかさっぱり分からな…

『金閣寺』の文体について

三島由紀夫の『金閣寺』の文体について書く。 金閣寺の文体の特色として、文末が多彩なことが挙げられる。次に例を引用する。 寝ても覚めても、私は有為子の死をねがった。私の恥の立会人が、消え去ってくれることをねがった。証人さえいなかったら、地上か…

『二つの心臓の大きな川』を読む

ヘミングウェイの『二つの心臓の大きな川』を三回読んだ。それについて書く。 この作品は『日はまた昇る』同様にほとんど主人公の内面の描写に文章が割かれない。だが少ない心理描写に注目してみると、ニックはともかく森でのキャンプを謳歌しているようであ…