カフカ的状況を解決する

カフカ的状況、というものがある。カフカ作の小説「変身」や「城」に出てくる、主人公が不可思議に行き詰まりを体験している状況だ。そこでは主人公は事態の解決に向けて奮闘するものの、周囲の状況すべてが逆風として働き、いつまでたってもゴールへと至れない。まるで水平のエスカレーターを、床が動いてる方向とは逆向きに歩を進めているかのようなシチュエーションだ。それは見ている者の笑いを誘う。しかし本人にとっては極めて深刻で、死にいたる危険がつきまとっている。カフカ的状況には理不尽と不条理の雰囲気がある。

次の記事ですでに解説したが、これは本人の意識上の願いと無意識下の願いが正反対を向いているために起こる。つまり世のさまざまな物語に見られる典型的な引き裂かれの図式の一種なのだが、本人の内部でのみ起こっているということと、無自覚性が極めて高いという点で特殊性を帯びている。

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無論、これは無意識下の願いこそが本人が真に望んでいることなのである。意識上の願いは、じつは他人がその人にやってほしいと望んでいることに他ならない。その望みはべったりと本人に付着してしまっており、一体化してしまっている。そのため、本人にもその自覚はない。人の言うことを聞きすぎ、自分の欲望や野心を表に出すことを避け続けてきたために起きた悲劇である。その無自覚性は、本人の目から見ると、周囲の状況の不可解な理不尽さとして立ちあらわれてくる。

村上春樹はこれを『かえるくん、東京を救う』で扱い、問題の構造を明らかにした。次に『1Q84』で解決を目指した。そのときに用いられたのが卵型の隠喩である。これはリンクの記事で詳細に解説したので、ここで説明をくりかえすことはしない。

ただ、この二点、すなわち卵型の隠喩とカフカ的状況の解決ということの結合は、『1Q84』ではそれほど密接でない。あからさまではない、と言った方が正確だろうか。

僕はこの二つをもっと露骨にして、密に結合させたい。そういう小説を書けば、非常に大きな効果を見込めるのではないかと考えている。

そこでまず考えていることのひとつが、セルバンテスのメソッドを使って、容器の閉塞性をくりかえし書き、最後にそれを破壊する、内から破る、ということをしたいと思っている。これは単純な構造なので分かるだろう。

次に、カフカ的状況を出す。これには必ず快適さというものが裏にくっついて現れなければならない。快適さに安住することがその人を容器の内側に留めてしまい、外に出ることを無意識下で拒絶してしまう。そういう状況を描くのだ。つまり僕の作品のカフカ的状況の中には、容器という構造が立ちあらわれることになる。これも前述したセルバンテスのメソッドの閉塞性のくりかえしの中に組み込む。そうすれば全体の構造がすっきりとして一貫性が出てくるし、最後にひっくり返すときの効果も強力になるだろう。

では、前述した快適さとは何なのか。一体それは何に由来する力なのか?

実は、それはネガティブな母性というべきものである。したがって本作は必ず母性がテーマに絡んでくるし、母殺しということも視野に収まってくるだろう。