影と鏡像6

本稿では心の入れ替えという作用について記す。 セルバンテスのメソッドは典型的な入れ替えの例である。セルバンテスは人間の心が意識と無意識の二層に分かれていることを喝破し、かつそれぞれの層が抱えている感情を入れ替える方法を発明した。それがすでに…

『心は孤独な狩人』を読む

村上春樹の訳でカーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』を読んだ。とてもいい小説だった。それについて書く。 本作の中心人物は聾唖のシンガーである。彼を軸に言葉というテーマがかたちを変えて幾度も語られている。多くの人物がシンガーに向かって言葉…

見るなの禁とエディプス・コンプレックスの共通点

最近、夏目漱石の『三四郎』を序盤だけ読んだ。そこで僕はどうにも驚かされた。まさに冒頭がエディプス・コンプレックスの話型だったからだ。列車内で見知らぬ年上の男性が、主人公の目の前で若い女性と親しげに話をするという形で二人は結合するのだが、し…

仲がよいことは醜悪である

僕は美しいことが好きである。醜い絵や音楽は嫌いで、美しい絵や音楽が好きだ。この趣向は芸術だけではなくあらゆる事象におよんでいる。人の歩く姿や話す声の響きや思考の方法にも善い悪いがあるというのが僕の考え方で、当然悪いものは蛇蝎のごとく嫌って…

善意とは何であるか

人は何をするにしても他者を害しうる存在である。道を歩くことひとつをとってもそうだ。他者の前に立てばとうぜん相手は通行できずに迷惑するだろう。あるいは人前で言葉を発することもそうだ。言う内容はもちろんのこと言葉遣いをひとつ誤るだけで人は相手…

『オイディプス王』を読む

福田恒存の訳で『オイディプス王』を二度読んだ。それで思ったことを書く。 『オイディプス王』は数で言えば素数である。つまり分解というものができない。むしろ他のさまざまな合成数をかたどっていく素と言えるべき作品だ。だからこの作品そのものを細かく…

『スローターハウス5』を読む

早川書房から出ているカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を読んだ。それについて書く。 この小説で書かれていることはひとつだけだ。それは人が戦争に――というよりも戦争を含めたありとあらゆる理不尽な災いに――直面したときに尊厳を傷つけられた…

『ユービック』を読む

フィリップ・K・ディックの『ユービック』を読んだ。それについて書く。 この作品にはあらゆるところに「二つの力の対立」というモチーフが姿を見せる。ランシター合作社とレイモンド・ホリスの対立もそうだし、超能力者と不活性者の対立もそれに当たるし、…

誰も僕のブログを読まない

僕は物語を読み解くのが得意だ。たとえば映画『君たちはどう生きるか』の記事を書いたが、アオサギが零戦のメタファーであることをネット上に発表したのは僕が初めてだと思う。少なくともこのことについては僕が一番乗りというわけだ。 しかし誰も僕のブログ…

映画『君たちはどう生きるか』を観る

映画『君たちはどう生きるか』を一回観た。それについて書く。この記事はネタバレを含んでいる。 この映画の最大の特徴は、説明がさっぱりないことである。この場面にはこんな意味がある、ということが示されないまま次の場面へと移っていく。そういう意味で…