僕の文学に対する姿勢

好きなコンテンツについて 僕は小説を読むことがあまり好きじゃないらしい。以前からなんとなく自覚してはいたが、じつのところ小説が苦手なのだ。字ばかりで絵がない本なんて気が滅入る。それが本音だ。たぶん世の中の漫画が『チェンソーマン』や『ヒストリ…

『日はまた昇る』を読む2

ヘミングウェイの『日はまた昇る』を端的に言い表すと、これは「耐える」文学である。我々はこの本を通じて、苦しみに耐える人の在り方を学ぶことができる。実際に主人公は作中で、耐えること以外には何もしないのだ。何も事件は起こらない。物語と呼べるも…

ニヒリズムと嘘

三島由紀夫はニヒリズムを極めた作家だ。その考えの要諦は次である。 この世のあらゆる事物には何の意味もない。 すなわち人生は無意味である。 したがって人は皆ただちに自殺しなければならない。 村上春樹はこのニヒリズムの克服を目指した作家である。そ…

どうすれば村上春樹の小説を理解できない人が理解できるようになるか本気で考えてみた。

この記事は、村上春樹の小説を理解できず、それどころか腹の底から彼を嫌い軽蔑している人に向けて書いた。 さて、村上作品を理解する方法だが、まずは次の二つの条件を達成する。 三島由紀夫の『豊饒の海』に心酔し、くりかえし読む。その結末に呪われた気…

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読む

フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだ。それについて書く。 プロット 読解 プロット 作中の重要な出来事を列挙した。 P7 ムード・オルガン登場 主人公リック・デッカード登場 主人公の妻イーラン登場 P8-13 主人公夫妻…

かりそめの目標

物語は序盤で主人公になんらかの目標を示す。ただしそれは他者から与えられた、かりそめの目標であり、達成したとしても真の問題解決にはならない。主人公は物語の途中で目標を検証し直し、自己の本当の課題が何であるかを定義しなおさなければならない。そ…

『チェンソーマン』第一部を読む

藤本タツキの漫画『チェンソーマン』について書く。 物語の中心軸 物語はマキマとデンジの関係性を中心に進行する。それ以外の登場人物はすべてこの中心軸に寄与するためのサブキャラクターに過ぎない。デンジにとってマキマは恋人であり母親である。同時に…

『ルックバック』を読む

藤本タツキの漫画『ルックバック』について書く。 この漫画は登場人物と読者の間合いが遠い。すなわち読者は、前のめりの姿勢になって主人公に感情移入するという読み方ができない。我々は漫画を読んでいる間、自分が主人公になったような気持ちでいることは…

『チェンソーマン』を読んで思ったこと

藤本タツキの漫画『チェンソーマン』を読んだ。実に面白かった。 内容は、とても文学的な物語だった。エンタメ色は薄い。画風もキャラクターデザインも物語も全然キャッチーではなかった。それでも物語の文学的な魅力が素晴らしかったので、僕はノックアウト…

『家を背負うということ』とカフカの作品を比較する

岩波現代文庫の『臨床家 河合隼雄』という本の、冒頭におさめられている『家を背負うということ』を、僕はもう何度も読んでいる。すでに十回は読んだと思う。 これはある女性の治療の記録である。岩宮恵子という臨床心理士による女性の面談記録と、その治療…