影と鏡像

『僕の名はポイチョフ』の構想

僕は『カラマーゾフの兄弟』を敵視している。憎んでいると言っても過言ではないだろう。ドストエフスキーが現代に甦ったら、目の前までいって顔面に右ストレートをぶちこんでやらないと気が済まない。その程度には怒っている。 なぜ僕はこの作品を敵視するの…

影と鏡像6

本稿では心の入れ替えという作用について記す。 セルバンテスのメソッドは典型的な入れ替えの例である。セルバンテスは人間の心が意識と無意識の二層に分かれていることを喝破し、かつそれぞれの層が抱えている感情を入れ替える方法を発明した。それがすでに…

見るなの禁とエディプス・コンプレックスの共通点

最近、夏目漱石の『三四郎』を序盤だけ読んだ。そこで僕はどうにも驚かされた。まさに冒頭がエディプス・コンプレックスの話型だったからだ。列車内で見知らぬ年上の男性が、主人公の目の前で若い女性と親しげに話をするという形で二人は結合するのだが、し…

影と鏡像5

影と鏡像は負の姿である。それは正の姿としては、古事記における二ということになる。西洋的な価値観から古事記における二の姿を見ると、それは影と鏡像として目に映る。 古事記における二は、代表的なものとしてはやはり結婚する男女である。彼らは持ち物を…

『街とその不確かな壁』を読む

村上春樹の『街とその不確かな壁』について書く。 この本は別段面白くはないし感動的でもない。文章そのものにもこれといった刺激や独特の味はないから、読者としては最初から最後まで同じ味のコース料理を食べさせられているような気持ちになる。 それは仕…

影と鏡像4

主人公が引き裂かれの状況に置かれている時に、二つの異なる道の融和を図らざるをえないのは、往々にして作者にとっても困難な道である。なにが善であるかなにが悪であるかが自明ではないという状況下で、作者はまったく新しい大柄な倫理観を創出して、読者…

『フランケンシュタイン』を読む

光文社古典新訳文庫でシェリーの『フランケンシュタイン』を読んだ。とても面白かった。そこで今回はこの本について書いてみたい。 この物語の基調として、すぐれた風景の描写がある。自然はつねに美しく、称賛の対象である。それは登場人物たちを取り囲み、…

影と鏡像3

本稿では次の作品群をとりあげる。 ポー『ウィリアム・ウィルソン』1839年 モーパッサン『オルラ』1886年 アンデルセン『影』1847年 シャミッソー『影をなくした男』1814年 ホフマン『大晦日の夜の冒険』1814年 ル・グウィン『影との戦い』1968年 村上春樹『…

影と鏡像2

影と鏡像という構造の中心にあるのは引き裂かれへの独自の態度である。影と鏡像は、主人公が二つの力に引き裂かれる状況に陥っているときに、その解決を、片方の抹消ではなく、両者の融合でおこなおうとする場合に立ち現れる。 物語の主人公は通常、何らかの…

影と鏡像

影と鏡像という文学のテーマがある。これはシャミッソーの『影をなくした男』という小説から開始されたらしい。明らかな後継作品としてホフマンの『大晦日の夜の冒険』がある。まずはこれら二作品について僕の持論を述べ、それから関連する作品についても言…