2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

『書記バートルビー』を読む

光文社古典新訳文庫で『書記バートルビー』を読んだ。面白かった。いや、面白いというよりは胸にささる切なさがあった。 この作品の良さはオチにある。結末において、実はバートルビーが「配達不能郵便物局」の下級職員だったことが明かされる、その瞬間の衝…

僕には自分の意見がない

僕は文系の学問に興味がない。思想も哲学も評論も無視してきた。今も無視している。最近になってその理由が分かったので、ここで述べてみたい。 それは、僕には自分の意見や望みがないということだ。だから自分の考えや、人や社会はこうあるべきだという理想…

『1Q84』を読む4: 卵型の比喩

リトル・ピープルに対抗するもの。それこそが個人の願いである。自分固有の願いを持ち、育て、また自覚すること。それを守り切り、かなえること。これが『1Q84』の打ち出した中心的なテーマだ。 村上はそれを強調するために卵型の比喩というテクニックを用い…

『1Q84』を読む3: リトル・ピープルの正体

前回の記事で、見えない力が作用して、作用される側が力を行使するという構造について言及した。これはリトル・ピープルについても同じことが言える。 その前に確認しておくこととして、抑圧された怒りの発揮という構造がある。ある人物が他者から被害を受け…

『1Q84』を読む

あらためて村上春樹の『1Q84』を読み解いていく。本稿は読み解きをおこなった記事の目次である。 riktoh.hatenablog.com riktoh.hatenablog.com riktoh.hatenablog.com riktoh.hatenablog.com riktoh.hatenablog.com

『1Q84』を読む2: 海の直喩と月の隠喩

海の直喩 Book1 前編 Book1 後編 Book2 前編 Book2 後編 Book3 前編 Book3 後編 月の暗喩 解説 海の直喩 『1Q84』には海を軸にした直喩が頻出する。次に一覧を掲げたので確認していこう。ページ数は文庫版を参照している。 Book1 前編 P11 中年の運転手は、…

影と鏡像4

主人公が引き裂かれの状況に置かれている時に、二つの異なる道の融和を図らざるをえないのは、往々にして作者にとっても困難な道である。なにが善であるかなにが悪であるかが自明ではないという状況下で、作者はまったく新しい大柄な倫理観を創出して、読者…

『フランケンシュタイン』を読む

光文社古典新訳文庫でシェリーの『フランケンシュタイン』を読んだ。とても面白かった。そこで今回はこの本について書いてみたい。 この物語の基調として、すぐれた風景の描写がある。自然はつねに美しく、称賛の対象である。それは登場人物たちを取り囲み、…

影と鏡像3

本稿では次の作品群をとりあげる。 ポー『ウィリアム・ウィルソン』1839年 モーパッサン『オルラ』1886年 アンデルセン『影』1847年 シャミッソー『影をなくした男』1814年 ホフマン『大晦日の夜の冒険』1814年 ル・グウィン『影との戦い』1968年 村上春樹『…

影と鏡像2

影と鏡像という構造の中心にあるのは引き裂かれへの独自の態度である。影と鏡像は、主人公が二つの力に引き裂かれる状況に陥っているときに、その解決を、片方の抹消ではなく、両者の融合でおこなおうとする場合に立ち現れる。 物語の主人公は通常、何らかの…

村上春樹の小説のどこがいいのかと聞かれたら

僕は今まで答えるのに困る問いがあった。村上春樹の小説をまったく読んだことがない人から「彼の作品ってなにがいいの?」と尋ねられた場合に、どう答えればいいか分からなかったのだ。 すでにたくさん彼の小説を読んだことがあるような人が相手なら、つまり…