岩崎夏海が喝破したようにすべての文学には分裂という問題がつきまとっている。 例えばレイモンド・カーヴァーの『ささやかだけれど、役に立つこと』では、前に考察したように、書き手の思いは幸福な人々と不幸な人々の二者に分裂している。またフィッツジェ…
カズオ・イシグロの『クララとお日さま』について書く。 本作の物語は単純な一本道である。クララという召使い的な位置にいる主人公が、主人であるジョジーに奉仕し続け、最終的には主人を救い、そのために破滅に至るというものだ。 クララは盲目的にジョジ…
自作のやる夫スレの一覧です。 bbs.yaruyomi.com
本稿では映画『シン・エヴァンゲリオン』の物語を読み解く。 物語の骨子 エヴァンゲリオンのストーリーを把握するうえでもっとも重要なことは、巨大ロボットに乗り込むことは父性と母性の両方を象徴する行為だ、ということだ。鬼の面相をしたエヴァンゲリオ…
村上春樹の文章の特長について思う所を述べる。この記事は村上春樹を読んだことがない人でも読めるように書かれている。 テーマに沿ったリズム 村上は作品のテーマと合致した文章のリズムを作ることが上手い作家である。例えば『 色彩を持たない多崎つくると…
村上春樹の『風の歌を聴け』について書く。 本書は次のような文学論から始まっている。 「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」 しかしこの後すぐにデレク・ハートフィールドという作家について、その素晴らしさと自…
グレート・ギャツビーの実質的な主人公であるジェイ・ギャツビーは、典型的なドン・キホーテ型の主人公である。ドン・キホーテが騎士道物語という魔法を信じていたように、彼もまた若い頃の恋愛という魔法を信じている。ドン・キホーテが鎧を着込んでいたよ…
レイモンド・カーヴァーの短編『大聖堂』について書く。 この作品において盲人とはつまり読者のことを指している。小説家は読者に対してすべてを言葉で説明しなければならない。テレビのような分かりやすい絵を提示することが出来ないのはもちろんのこと、目…
円城塔の短編集『バナナ剥きには最適の日々』を読んだ。そこで本稿では短編『祖母の記録』について論じてみる。 ブラックボックスの構造について この短編集には「自我が箱の中に閉じ込められている」という構造が随所に出てくる。表題作においても探査球の…
本記事では『ノルウェイの森』から『騎士団長殺し』までの、村上春樹の「分かる」ということへの姿勢の変化について語る。 『ノルウェイの森』と『ねじまき鳥クロニクル』 『ノルウェイの森』と『ねじまき鳥クロニクル』はセットの作品である。前者が意図せ…
今回は漫画『HUNTER×HUNTER』について、思いつくままに書いてみることにする。まとまりのない記事になっている。 ルールを守る ゴンとヒソカはよく似ている。彼らはルールに対する執着心があり、それをよく守る。例えばゴンもヒソカもハンター試験に参加し、…
前回に引き続きヒストリエを考察していく。 ヒストリエのテーマは個人の自由と怒りである。この二つは不可分に結びついており、分けて考えることができない。どういうことか。 ヒストリエにたびたび見られる現象に、怒りによって組織が崩壊してしまう、とい…
愚かな物好きの話 世界で最も偉大な小説はセルバンテスの『ドン・キホーテ』である。特にその中の短編『愚かな物好きの話』がそうだ。セルバンテスはそこで小説におけるもっとも基本的なテクニックを構築し、誰にでもわかる形で明らかにしてみせた。 それは…
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』はタイトルに「ハードボイルド」という言葉を含んでいる。本書中にヘミングウェイという言葉が出てくることを考慮すると、これはおそらくヘミングウェイの文学的スタイルを指した言葉だろう。具体的には『武…
『文學界』の2018年7月号と2019年8月号に掲載された村上春樹の短編『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』と『ウィズ・ザ・ビートルズ』について考察する。両者に共通しているのは死と復活というテーマである。 全体の構造 どちらの短編も最初に課…
本記事では村上春樹の『ノルウェイの森』を読み解いていく。引用時に示したページ数は講談社の文庫版にもとづいている。 歌詞との関連 まずはビートルズの曲について確認していこう。 歌詞のくわしい解説がこちらのページにあったので、参考にさせてもらった…
カーヴァーの短編『ささやかだけれど、役にたつこと』について書く。 物語の骨格 カーヴァーはこの小説を書く際に、普段は接近することのない二つの人間の層を念頭に置いた。ひとつは落ちぶれたみじめな生活を送りながら、親しい人もいない孤独な人達。もう…
別記事からの続き。 P6 「星野青年」。 P61 ナカタさんと星野青年も図書館に行き着く。主人公の泊まっている図書館とは別だが、図書館であることに変わりはない。そこで彼らは調べ物をする。 P66 入り口の石を探していると、カーネル・サンダースが星野青年…
以前『海辺のカフカ』を読んだ時にメタファーについて説明する記事を書いた。 そのまま一回しか読まずに置いていたので、最近再読を初めた。以下は頭から読んでいった時のメモである。ページ数は文庫版に準拠している。この記事では上巻を扱う。 P43 主人公…
『1Q84』を読んでいてつくづく思うのは、この作品は論理の構築物であるということだ。これほど理路整然としたパズルも他にない。この記事では、本作の随所に顔を出す「非対称な一対の存在」について言及していく。 不揃いのペア 『1Q84』には“海”を軸にした…
本稿では漫画『ドラゴンボール』のセル編の物語について解説する。セル編は単行本の28巻から35巻までに収録されている。 親子のヴァリエーション セル編にはさまざまな親子の組が登場する。まず冒頭にフリーザ親子が出てくる。次いでトランクスとベジータ、…
クリストファー・ノーランの『ダンケルク』を観た。ともかく、終始誰かから何かを貰いっぱなしという映画だった。主に戦地にいる兵士たちの視点で物語が進んでいくのだが、彼らは死んだ兵士から靴を貰い、水筒を同僚の兵士に分けてもらい、撤退する船では温…
冒頭に矛盾した表現を置いている小説は数多い。それらはしばしば小説のテーマと関わりがあり、新しい作品世界を立ち上げるための起爆力にもなっている。次にひとつ例を挙げる。 長いこと私は早めに寝むことにしていた。ときにはロウソクを消すとすぐに目がふ…
この記事では岩明均の作品に見られる母親というテーマを確認する。 二つの大きなエピソード まずは『寄生獣』のプロットを見ていく。この物語の中で一番大きな位置を占めている事件は、母親の身体を乗っ取った寄生生物に主人公が心臓を破られて、殺されかけ…
この記事では村上春樹の『騎士団長殺し』の第1部・2部について、一読して気がついたことを記載している。つっこんだ考察はおこなっていない。 移動について 『1Q84』は二つのパートに分かれて話が進むが、天吾の側はあまり移動せず部屋にとどまるのに対して…
本稿では『多崎つくる』について、三つの項目を書いた。なおこれまでの記事はこちら。 二重の自己 『多崎つくる』の作中では、自己との解離、分裂、あるいは二重性という現象について繰り返し言及がなされている。 前回の記事で語ったように、主人公は自分の…
本稿はこちらの記事から続いている。 riktoh.hatenablog.com “無害” なミステリー小説 『多崎つくる』の主人公に与えられる問いは「友人に絶縁された理由は何か」というものだ。これは因果関係を把握するという問題に等しく、この種の問題意識が本作のあちこ…
本稿では『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が『1Q84』のペアとして存在している作品であることをまず述べる。その後べつの記事で、この事実を手がかりにして両作に共通する因果関係というテーマを読み解いていく。 自動車 vs 電車 『色彩を持た…
『1Q84』には同じ名詞や字句のくりかえしが作中に頻繁に現れる。本稿ではその表現の持つ文学的な意味を探究する。 同じ字句の繰り返し 次の一文は、天吾が『空気さなぎ』の改稿許可を得るために戎野先生に初めて会いに行く場面から引用したものである。 呼吸…
今までこのブログは二回に渡って『1Q84』の解説をおこなってきた。 卵を温めることについて書いた小説 - コスタリカ307 逆方向の力 - コスタリカ307 本稿ではこれまで議論してきた『1Q84』の隠喩表現について整理をおこない、また補完をおこなう。その性質は…