セルバンテス
以前別の記事でも述べたことだが、僕は図らずも自作の長編小説でドン・キホーテ的な人物を描いていた。それは常に空想を続ける人間だ。空想にはまり込み、ほとんどそれと一体化しているような人物のことだ。 僕はそれをさらに掘り下げるといいのではないかと…
僕はセルバンテスに愛憎相半ばするところがある。やつを倒したいという思いもあれば、ぜひとも救わなければならないという思いもある。自身の心を分析してみると、どうやら僕が倒したいと願う相手は『ドン・キホーテ前篇』におけるセルバンテスで、救わなけ…
ミゲル・デ・セルバンテスの最大の功績は、「物語は物語をテーマにするときに最大の力を発揮する」ということを唱え、実証した点にある。その実証作が『ドン・キホーテ前篇』である。この結論に僕は異を唱えない。しかし気になるのは、なぜそのような定理が…
『ドン・キホーテ前篇』はあらゆる物語の中でも最高のものだ。他のすべての物語を置き去りにしてひとり頂点に在る、と言っていいだろう。 しかしこの作品は『後篇』で崩壊してしまう。作者のセルバンテスは物語の力を否定し、読者を徹底的に攻撃するのだ。そ…
人類が誕生してから数百万年が経過した。そのあいだ、様々な人が生まれては死んでいった。その中でもっとも人類に貢献した人物は、僕の考えではたった一人に明確に定めることができる。 それはスペインの作家のミゲル・デ・セルバンテスだ。 彼は物語に関す…
『ドン・キホーテ』は『前篇』が主たる部分である。『後篇』は単なるおまけに過ぎず、読まなくても問題ない。むしろ読まない方がいいかもしれない。 『後篇』の理解の鍵は『前篇』にある。『前篇』の理解度が完全であれば、『後篇』を理解するのはかなり容易…
挿話間の接続 『前篇』の序盤にはそのエッセンスが詰まっている。虐待されている羊飼いの少年をドン・キホーテが助ける話だ。弱者である少年をドン・キホーテが助ける。しかしこれはかえって雇用主を激怒させる結果となり、少年はよりひどい目に遭う。その後…
『ドン・キホーテ前篇』の再読を完了させたので、それについて書く。 『ドン・キホーテ』を読む上で注意すべきなのは、前篇と後篇の差異である。強く言うが、前篇と後篇はまったく違う話だ。ほとんど別作品だと思った方が良いだろう。この記事では前篇だけに…
いままで僕は小説の歴史というものを意識したことがなかった。それはとほうもなく巨大なもので、僕のような小者には到底理解できないに違いないと思いこんでいた。 でも最近はすこし考え方が変わってきた。別に歴史の全貌をとらえる必要はないのだ。というか…
フランツ・カフカの『城』を原田義人の訳で二度読んだ。それについて書く。 前提 本稿は、カフカの『変身』と村上春樹の『かえるくん、東京を救う』、またカフカの『城』の原田義人訳、そして次の記事を読んだ者を対象にしている。 riktoh.hatenablog.com 読…
岩崎夏海が喝破したようにすべての文学には分裂という問題がつきまとっている。 例えばレイモンド・カーヴァーの『ささやかだけれど、役に立つこと』では、前に考察したように、書き手の思いは幸福な人々と不幸な人々の二者に分裂している。またフィッツジェ…
愚かな物好きの話 世界で最も偉大な小説はセルバンテスの『ドン・キホーテ』である。特にその中の短編『愚かな物好きの話』がそうだ。セルバンテスはそこで小説におけるもっとも基本的なテクニックを構築し、誰にでもわかる形で明らかにしてみせた。 それは…
冒頭に矛盾した表現を置いている小説は数多い。それらはしばしば小説のテーマと関わりがあり、新しい作品世界を立ち上げるための起爆力にもなっている。次にひとつ例を挙げる。 長いこと私は早めに寝むことにしていた。ときにはロウソクを消すとすぐに目がふ…
『1Q84』には同じ名詞や字句のくりかえしが作中に頻繁に現れる。本稿ではその表現の持つ文学的な意味を探究する。 同じ字句の繰り返し 次の一文は、天吾が『空気さなぎ』の改稿許可を得るために戎野先生に初めて会いに行く場面から引用したものである。 呼吸…
読者への怒り 次の文章は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』から。主人公・多崎つくるが夢を見ている。 その音楽を無心に演奏しながら、彼の身体は夏の午後の雷光のような霊感に、鋭く刺し貫かれた。大柄なヴィルテュオーゾ的構造を持ちながらも…