この前僕はネット上で興味深いやり取りをした。ある人がチャット欄に他者のツイートのURLを埋め込み形式で貼ったのだ。それは内容としてはウェブ小説家の嘆きで、自作に否定的なコメントがついたことを被害者ぶって喧伝していた。ちなみにその作品についたコメントは、作品内の登場人物の性格に腹が立つということを述べていたらしい。
僕はそのツイートを見て不思議に思った。つまるところそのウェブ小説家は、他人につまらない作品を読ませておいて、時間を奪った上で、被害者ぶっていたわけである。その精神のあり方が僕にはまるで理解できなかった。そこでチャット欄でこのツイートをした人はおかしいと僕が指摘すると、なんとそのツイートのURLを貼った人は次のように発言したのである。
「でもこの人は書籍化作家だからなあ」
僕は唖然とさせられた。何を言われたのかがわからなかった。「でも」とあるのだから、彼は僕の発言に対する反論をしたつもりなのだろう。けれども一体何が反論になっているのかが僕には理解できなかった。そこで僕は精一杯推測を働かせてみた。
それで到達した結論はこうだ。ツイートを貼った人、つまり「でもこの人は書籍化作家だからなあ」と発言した人の頭の中には非常に単純な図式がある。すなわち書籍化作家は偉い。それ以外の人間は全員書籍化作家よりも卑しい。読者は書籍化作家ではないのだから、書籍化作家に逆らうような発言をすることは間違ったことである。ついでに言うとリクトーも書籍化作家ではないのだから、このツイート主に疑義を呈するような発言をしてはならない。
僕はますます唖然とさせられた。この人は非常に貧しい精神をしているな、と思った。まず第一にこの人は大きな勘違いをしている。書籍化作家ならば、その立場は明確に読者より下である。仮に作家が読者より偉ぶっていたら、お金を頂戴できるだろうか。たとえばこの人が仮にハンバーガー屋で店員のアルバイトをするとしたら、客よりも偉ぶるのだろうか?
僕はこのやり取りから色々と考えさせられた。多分この人だけではなく今の多くの人の頭の中には「世に貢献して、その対価としてお金をもらう」という発想がないのだろう。彼らの頭の中にあるのはそうではなく、「金というものは常に弱者から強者に向かって移動する」という発想だけなのだろう。強いか弱いかしか頭の中にはないわけだ。もっと言うと「俺は強いやつから不当に搾取されている。ならば俺だって強くなりたい」ということなのだろう。ネット上では誰もが被害者ヅラをしている。
僕がむずかしいと思うのは、これは別に何から何まで間違った認識ではないからだ。確かにそういう面もある。いや、ほとんど金の移動というものはそういうものなのかもしれない。
ただ、物語を作る人間がこれでいいのだろうか。物語は過酷な現実に対抗するものではないのか。
この記事ではここで終わる。今のところ、この件に関して僕の中に結論はない。
