物語におけるエディプスコンプレックスについて

漫画『推しの子』を読んだ。面白かった。母親を溺愛する男の子が、母親を殺した主犯(と思われる)父親を探し出して復讐を企むという筋書きである。これは「父親を殺して母親を娶る」というエディプス王の話型を変形したものだと僕は受け取った。

映画・エヴァンゲリオン新劇場版においても二作目のラストで、このようなエディプスコンプレックスの型が出てくる。主人公が父親に逆らって、母の面影を宿すヒロインを助けるのだ。

思えばバックトゥザ・フューチャーの物語もエディプスコンプレックスの変形とみなすことができる。ただしこちらの場合は父親が最初から弱く、放っておくと自分が母親と結合してしまうが、それを避けて父親とくっつけるために主人公が奮闘するという展開になっており、言わば本来の形を転倒したものになっている。エディプスコンプレックスのパロディをやっているという訳だ。それがコメディとしての雰囲気と上手く結合しており、そこにバックトゥザ・フューチャーの成功の要因があると考えられる。

ところで劇のエディプス王では、型を達成してしまった主人公は破滅に追いやられる。この事から、エディプスコンプレックスの型は物語を牽引する大きな力を持っていながら、その余りにもストレートな達成には、物語を悲劇的な方向に導く力が備わっているのではないかという推測が成り立つ。

少なくともエヴァンゲリオン新劇場版についてはこの仮説は成立する。二作目のラストでエディプスコンプレックスの型を達成した主人公は、次のQという作品において恐ろしい下降を経験するからだ。しかし主人公・シンジは最終作で再生し、再び父親と相対する。その時、彼は自身の内面に母性を宿している。したがって彼はもう母親を「奪う」必要がない。このような方法によってシンジは父親との戦いを制することに成功する。

バックトゥザ・フューチャーにおいては、型は転倒している。放っておくと主人公が消滅する危機なのだが、目的を達成すると平和が訪れるのである。このことも仮説の成立を支援する。

こう考えると、エディプスコンプレックスという強力な武器は、それをどう変形して使うか。そして達成による破滅をどう乗り越えていくかに大きなポイントがあると思われるのである。僕は今後も引き続き、この型については考えていきたいと思っている。