コスタリカ307

よいブログ。

『海辺のカフカ』の読解メモ・上巻

以前『海辺のカフカ』を読んだ時にメタファーについて説明する記事を書いた。 そのまま一回しか読まずに置いていたので、最近再読を初めた。以下は頭から読んでいった時のメモである。ページ数は文庫版に準拠している。この記事では上巻を扱う。 P43 主人公…

非対称な一対の存在

『1Q84』を読んでいてつくづく思うのは、この作品は論理の構築物であるということだ。これほど理路整然としたパズルも他にない。この記事では、本作の随所に顔を出す「非対称な一対の存在」について言及していく。 不揃いのペア 『1Q84』には“海”を軸にした…

代替わりというテーマ

本稿では漫画『ドラゴンボール』のセル編の物語について解説する。セル編は単行本の28巻から35巻までに収録されている。 親子のヴァリエーション セル編にはさまざまな親子の組が登場する。まず冒頭にフリーザ親子が出てくる。次いでトランクスとベジータ、…

旧約聖書について

旧約聖書を10年近く読み続けている。といっても読み込んでいる訳ではない。適当にページを開いて、出てきた所をすこし読むだけのことだ。それも一ヶ月に一度ぐらいの頻度である。 なんでそんなことをするのかというと、あまりにも理解できないので、かえって…

映画・ダンケルク

ネタバレがあります。 クリストファー・ノーランの『ダンケルク』を観た。ともかく、終始誰かから何かを貰いっぱなしという映画だった。主に戦地にいる兵士たちの視点で物語が進んでいくのだが、彼らは死んだ兵士から靴を貰い、水筒を同僚の兵士に分けてもら…

冒頭に置かれた矛盾

冒頭に矛盾した表現を置いている小説は数多い。それらはしばしば小説のテーマと関わりがあり、新しい作品世界を立ち上げるための起爆力にもなっている。次に例を挙げる。 長いこと私は早めに寝むことにしていた。ときにはロウソクを消すとすぐに目がふさがり…

母というテーマ

この記事では岩明均の漫画に見られる母親というテーマを確認する。 二つの大きなエピソード まずは『寄生獣』のプロットを見ていく。この物語の中で一番大きな位置を占めている事件は、母親の身体を乗っ取った寄生生物に主人公が心臓を破られて、殺されかけ…

『騎士団長殺し』第1部・2部の概観

この記事では村上春樹の『騎士団長殺し』の第1部・2部について、一読して気がついたことを記載している。つっこんだ考察はおこなっていない。 移動について 『1Q84』は二つのパートに分かれて話が進むが、天吾の側はあまり移動せず部屋にとどまるのに対して…

指の多義性

本稿では『多崎つくる』の異なる三つの項目について書いた。これまでの記事はこちら。 二重の自己 『多崎つくる』の作中では、自己との解離、分裂、あるいは二重性という現象について繰り返し言及がなされている。 前回の記事で語ったように、主人公は自分の…

因果関係というテーマ

本稿はこちらの記事から続いている。 riktoh.hatenablog.com 因果関係について 『多崎つくる』という物語において主人公に与えられる問いは、「友人に絶縁された理由は何か?」というものだ。これは因果関係を把握するという問題に等しく、この種の問題意識…

影としての作品

本稿では『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が『1Q84』とペアとして存在している作品であることをまず述べる。その後べつの記事で、この事実を手がかりにして両作に共通する因果関係というテーマを読み解いていく。 自動車 vs 電車 『色彩を持た…

分裂と統合

『1Q84』には同じ名詞や字句のくりかえしが作中に頻繁に現れる。本稿では、その表現の持つ文学的な意味を探究する。 同じ字句の繰り返し 次の一文は、天吾が『空気さなぎ』の改稿の許可を得るために戎野先生に初めて会いに行く場面から引用した。 呼吸もいつ…

『1Q84』の隠喩表現に関する補足

今までこのブログは二回に渡って『1Q84』の解説をおこなってきた。 卵を温めることについて書いた小説 - コスタリカ307 逆方向の力 - コスタリカ307 本稿ではこれまで議論してきた『1Q84』の隠喩表現について整理をおこない、また補完をおこなう。その性質は…

『海辺のカフカ』におけるメタファーの性質

本稿では『海辺のカフカ』のメタファーの持つ性質と、それが物語の上で果たす役割について説明する。 主体がメタファーを作り上げる 一読して、難解な小説だと思った。この小説には「メタファー」という言葉があちこちに出てくるので、この記事ではその意味…

『変身』と『かえるくん』

久しぶりにカフカの『変身』を読み返した。最初に読んだのはもう十年以上前になるが、その時は「なんだか不思議な話だな」ぐらいにしか思わなかった。しかし今回は細部までよく理解でき、面白く感じられたので、備忘録として記事を書くことにした。ちなみに…

封じられた意識を自覚する

『雨月物語』に収録されている『夢応の鯉魚』を読んだところ大変おもしろく、実に驚かされた。そこでなぜこの作品がこんなにも面白いのかについて考えてみた。 感じているはずだが意識されないことについて語る小説 まずひとつに、人間が本来は感じているは…

『イエスタデイ』を読む。

翻訳、関西弁、そして演技 村上春樹の『イエスタデイ』は面白い短編小説だ。『女のいない男たち』という本の中で一番意味不明なのがこの作品なのだが、なぜかそこに心が惹かれる。 木樽はイエスタデイを「翻訳」している。これは見逃せない点である。村上春…

怒りについて

読者への怒り 次の文章は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』から。主人公・多崎つくるが夢を見ている。 その音楽を無心に演奏しながら、彼の身体は夏の午後の雷光のような霊感に、鋭く刺し貫かれた。大柄なヴィルテュオーゾ的構造を持ちながらも…

逆方向の力

前回(リンク)に引き続き、本稿では『1Q84』の比喩の性質への理解を深めるために議論をする。そのために、次のような形で先行する文学作品が『1Q84』に影響をおよぼしていることを説明する。 『失われた時を求めて』 → 『豊饒の海』 → 『1Q84』 『1Q84』と…

卵を温めることについて書いた小説

卵を温めるための自律的なルール 村上春樹は『1Q84』において、一定の型をもった表現をくりかえし書いた。その型とは、一つの箱が与えられた時に人はその中身に対してどのように振る舞うべきか、ということに焦点を合わせたものだ。 はじめ箱の中身は空であ…

「た」の多い小説

「私」から離れる文体 『1Q84』と『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は三人称で書かれている。その文末は「た」または清音で結ばれるように配慮されており、濁音で終わるのはその方が日本語として自然である時か、または作者が意図的にその文を強…

見られること。

前回の記事(リンク)に続いて、こちらでは村上春樹の『象の消滅』を扱う。 『象の消滅』は大半の文章が象の説明に割かれている。『僕』と『彼女』の話は長さとしてはわずかであり、象の消滅の持つ意味を再確認する役割を担っている。 この作品は全体が二重の…

特殊な飢餓と適切な妥協

最近、村上春樹の『パン屋再襲撃』と『象の消滅』を読んだ。この記事ではまず『パン屋再襲撃』の一度目の感想を書こうと思う。 『パン屋再襲撃』を読み解く鍵は、一度目の襲撃の時に主人公がパン屋からもちかけられた取引にある。 主人公とその相棒はむかし…

『豊饒の海』と『百年の孤独』の共通点

共通点を挙げる 『豊饒の海』と『百年の孤独』には共通点が多く、興味深い。まずは思いつくままにそれらを列挙してみよう。 物語の冒頭から終盤まで出ずっぱりの登場人物が一人いる。彼・彼女は若い頃は影が薄く、物語の主人公を他の者に譲っているが、終盤…

比喩を剥ぎとる

パロディの例 パロディという表現技法がある。先人の作品を参考にして、それを自分流に書き換える形で引用するという手法だ。『1Q84』はこのテクニックの宝庫であるから、この小説から一つ例を取って見てみよう。 リーダーを暗殺した青豆は新築マンションの…

『ロング・グッバイ』の三人の医者

三人の医者を評価するマーロウ 『ロング・グッバイ』の主人公である私立探偵のフィリップ・マーロウは、作中で三人の医者に会いに行く。彼らの内のいずれかが、捜索を依頼されたロジャー・ウェイドという作家をかくまっている疑いが強かったからだ。 マーロ…

名前について

自己の名前 自分の名前が好きになれないという人は少なくないと思われる。 『1Q84』の主人公・青豆もまた、自分の名字に馴染むことができない者の一人である。 こんな姓に生まれていなかったら、私の人生は今とは違うかたちをとっていたかもしれない。たとえ…