影としての作品

本稿では『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が『1Q84』のペアとして存在している作品であることをまず述べる。その後べつの記事で、この事実を手がかりにして両作に共通する因果関係というテーマを読み解いていく。 自動車 vs 電車 『色彩を持た…

分裂と統合

『1Q84』には同じ名詞や字句のくりかえしが作中に頻繁に現れる。本稿ではその表現の持つ文学的な意味を探究する。 同じ字句の繰り返し 次の一文は、天吾が『空気さなぎ』の改稿許可を得るために戎野先生に初めて会いに行く場面から引用したものである。 呼吸…

『1Q84』の隠喩表現に関する補足

今までこのブログは二回に渡って『1Q84』の解説をおこなってきた。 卵を温めることについて書いた小説 - コスタリカ307 逆方向の力 - コスタリカ307 本稿ではこれまで議論してきた『1Q84』の隠喩表現について整理をおこない、また補完をおこなう。その性質は…

『海辺のカフカ』におけるメタファーの性質

『海辺のカフカ』には「メタファー」という言葉が頻繁に登場するのだが、これは本作を読み解く上での鍵となっている。そこで本稿ではその意味や性質について整理してみた。 主体がメタファーを作り上げる 簡潔に述べると、『海辺のカフカ』流の「メタファー…

『変身』と『かえるくん、東京を救う』

フランツ・カフカの『変身』と村上春樹の『かえるくん、東京を救う』について書く。村上春樹の短編は『変身』の優れた解説になっている。 二つの小説の共通点 人は毎朝起きて出勤しなければならない。このような多くの人が体験している、しかし解決というこ…

『夢応の鯉魚』を読む

『雨月物語』に収録されている『夢応の鯉魚』を読んだところ大変おもしろく、実に驚かされた。そこでなぜこの作品がこんなにも面白いのかについて考えてみた。 無意識を語る小説 まずひとつに、人間が本来は感じているはずだが、普段は意識されないことをこ…

『イエスタデイ』を読む

翻訳、関西弁、そして演技 村上春樹の『イエスタデイ』は面白い短編小説だ。『女のいない男たち』という本の中で一番意味不明なのがこの作品なのだが、なぜかそこに心が惹かれる。 この短編は様々なイメージを喚起させられる作品だ。ここではそれを思いつく…

怒りについて

読者への怒り 次の文章は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』から。主人公・多崎つくるが夢を見ている。 その音楽を無心に演奏しながら、彼の身体は夏の午後の雷光のような霊感に、鋭く刺し貫かれた。大柄なヴィルテュオーゾ的構造を持ちながらも…

逆方向の力

本稿では前回(リンク)に引き続き『1Q84』について議論をする。そのために次のような形で先行する文学作品が『1Q84』に影響をおよぼしていることを説明する。 『失われた時を求めて』 → 『豊饒の海』 → 『1Q84』 『1Q84』と『失われた時を求めて』 『1Q84』…

卵を温めることについて書いた小説

卵型の暗喩 小説『1Q84』の中核を成しているのは卵型の暗喩である。同作には容器や部屋にまつわる表現が多様な形をとって随所にあらわれるが、それらはいずれも「卵を温めてヒナを孵す」という行為のヴァリエーションになっている。いくつか例を挙げて確認し…