『海辺のカフカ』におけるメタファーの性質

『海辺のカフカ』には「メタファー」という言葉が頻繁に登場するのだが、これは本作を読み解く上での鍵となっている。そこで本稿ではその意味や性質について整理してみた。 主体がメタファーを作り上げる 簡潔に述べると、『海辺のカフカ』流の「メタファー…

『変身』と『かえるくん、東京を救う』

フランツ・カフカの『変身』と村上春樹の『かえるくん、東京を救う』について書く。村上春樹の短編は『変身』の優れた解説になっている。 二つの小説の共通点 人は毎朝起きて出勤しなければならない。このような多くの人が体験している、しかし解決というこ…

『夢応の鯉魚』を読む

『雨月物語』に収録されている『夢応の鯉魚』を読んだところ大変おもしろく、実に驚かされた。そこでなぜこの作品がこんなにも面白いのかについて考えてみた。 無意識を語る小説 まずひとつに、人間が本来は感じているはずだが、普段は意識されないことをこ…

『イエスタデイ』を読む

翻訳、関西弁、そして演技 村上春樹の『イエスタデイ』は面白い短編小説だ。『女のいない男たち』という本の中で一番意味不明なのがこの作品なのだが、なぜかそこに心が惹かれる。 この短編は様々なイメージを喚起させられる作品だ。ここではそれを思いつく…

怒りについて

読者への怒り 次の文章は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』から。主人公・多崎つくるが夢を見ている。 その音楽を無心に演奏しながら、彼の身体は夏の午後の雷光のような霊感に、鋭く刺し貫かれた。大柄なヴィルテュオーゾ的構造を持ちながらも…

逆方向の力

本稿では前回(リンク)に引き続き『1Q84』について議論をする。そのために次のような形で先行する文学作品が『1Q84』に影響をおよぼしていることを説明する。 『失われた時を求めて』 → 『豊饒の海』 → 『1Q84』 『1Q84』と『失われた時を求めて』 『1Q84』…

卵を温めることについて書いた小説

卵型の暗喩 小説『1Q84』の中核を成しているのは卵型の暗喩である。同作には容器や部屋にまつわる表現が多様な形をとって随所にあらわれるが、それらはいずれも「卵を温めてヒナを孵す」という行為のヴァリエーションになっている。いくつか例を挙げて確認し…

『象の消滅』を読む

村上春樹の『象の消滅』について書く。 『象の消滅』は大半の文章が象の説明に割かれている。『僕』と『彼女』の話は長さとしてはわずかであり、象の消滅の持つ意味を再確認する役割を担っている。 この作品は全体が二重の入れ子構造になっていると捉えるこ…

『パン屋再襲撃』を読む

村上春樹の『パン屋再襲撃』について書く。 『パン屋再襲撃』を読み解く鍵は、一度目の襲撃の時に主人公がパン屋からもちかけられた取引にある。 主人公とその相棒はむかし、夜遅くに包丁とナイフをボストン・バッグに詰めてパン屋を襲ったことがあった。あ…

『豊饒の海』と『百年の孤独』の共通点

共通点を挙げる 『豊饒の海』と『百年の孤独』には共通点が多く、興味深い。まずは思いつくままにそれらを列挙してみよう。 物語の冒頭から終盤まで出ずっぱりの登場人物が一人いる。彼・彼女は若い頃は影が薄く、物語の主人公を他の者に譲っているが、終盤…